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Kan's episode
2001年広島東洋カープドラフト新入団選手の会見にて・・・

「今は嬉しいのひとことです。(カープの印象は)小さい時から打撃が良いという印象があります。左の大野さんとか力強い球を投げるという印象があります。
(目標とする選手は)カープの佐々岡投手が自分の中では目標として置いています。
(当時高校生NO.1だった寺原選手について聞かれ)ライバルだと思っています。
(当時大竹選手はプロ入り前にも「寺原はプロに入ってから追い抜く」と熱き胸の内を明かしていた。)
将来性と言われて、その分自分も期待に応えたいという気持ちはあります。1年目から一軍で投げるってことを目標に置いてやっていきたいです。
投手である限り、カープのエース的存在に目標を置いてやっていきたいです」。

大竹選手は最後に色紙に「カープのエースになる!!」と力強く書いた。

後のインタビューで、
あこがれの投手は「佐々岡真司」
「力だけではなく、頭を使って抑えられる投手が好きだから。
 プロに入ったら鍛えなおして150キロを出す。
 そして、佐々岡さんのように勝てる投手を目指したい」
(すでにライバル的存在になっていた寺原選手について聞かれ)
「寺原が広島の練習はきついから嫌い、と言ったのは知っている。
練習とは、やればやるほど結果がついてくるもの。
僕はやったるぞ、という気持ちです」
と言い切りカープファンの心を鷲掴みにした。
最後に、「言葉が心配。早く広島弁をおぼえないと。
カープのエースになる」と言った。

ところがプロ1年目にして大竹選手は右肩を痛め投げる事ができなくなってしまう。
しかし大竹選手は逆境にも屈さなかった。
1軍で華々しく活躍する寺原選手を横目にファームでひたすら走り込み、
あの素晴らしい投球フォームを崩さない強靭な下半身を手に入れた。
入団時の球速も10キロもアップさせた。
僕等の目が覚めるような消えるスライダーにも磨きがかかっていた。
大竹選手のいつもひたむきな向上心の賜物だろう。

言うだけなら誰でも言える。
しかし、その後の活躍を見れば分かる通り、
若き大竹選手は僕らにあの日の言葉を体現してくれた。
「練習とは、やればやるほど結果がついてくるもの。」

僕は思った。
大竹寛は応援すべき男だと。